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平成18年11月25日
★名東区のおこり★
愛知県図書館に行くなどして色々と調べていると、面白い情報が次々と出てきます。
まず驚いたのが、名東区の歴史が意外と(?)浅いと言うことです。名東区ができたのは1975年の2月1日。今から31年前です。千種区の旧猪高村の部分と、昭和区の梅森坂が合併して「名東区」になりました。名前の由来は、名古屋の東であることと、東名高速の名古屋インターがあるところからということだそうです。
名東区の大部分を占める「猪高村」の歴史も気になって調べてみました。大体、なんで「一社」を「イッシャ」と呼ぶのに、「高社」を「タカヤシロ」や「上社」を「カミヤシロ」と呼ぶのかが謎でしたし、そもそもの「社」というのはなんなのか。なぜ「猪」なのか・・・・・・やっと色んな事が解明されてきました。
まず、猪高村は、明治34年の町村統合で「猪子石村」と「高社村」が合併してできました。つまり、「猪子石」と「高社」の頭文字を取って「猪高」になったということです。
ちなみに、それ以前は、「猪子石原村」「猪子石村」「藤森村」「上社村」「下社村」「一色村」「高針村」に別れていました。
明治22年の町村制施行で、猪子石原村が東春日井郡、それ以外の村は愛知郡に属していました。
「一社」という地名は、「一色村」と「下社村」がくっついてできた地名のようです。
さらに時代はさかのぼり、なぜ「猪子石」というのか、なぜ「社」というのか、なぜ「高針」というのかなどはまた近いうちにお知らせします。
こういうのって面白くないですか?
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★猪子石の発祥★
色んな名東区関連のサイトで、この「猪子石」の名前の由来としてあげられているのは次の逸話です。

(以下、猪子石中学のホームページhttp://www.inokoishi-j.nagoya-c.ed.jp/framepage3.htmより引用)
猪子石村には、大昔から猪が寝ているような形をした大きな石がふたつあった。そのうちの一つは香流川の南にあり、小さな石がいくつもくっついていて、まるで子どものようだったので、牝石と呼ばれていた。ある日、どういうわけかお産がみんな難産だという村の一人の出産間近の女性がやってきてこの石のように多産な猪にあやかろうと猪子石に祈願した。すると無事に出産を終えることができたので、その事が評判になり、みんな出産が近づくとこの石の所にやってきて安産を祈願するようになった。やがてこの石の前に鳥居を建てられ、神社として敬われるようになった。
(引用終わり)
これは、完全な言葉による伝承。言い伝え(口伝)です。ただし、いろいろと調べると「猪子」というのは、猪の子というよりも「亥の子」そのものと考えたほうが良さそうだと思えてきます。
「亥の子」とは、古くから日本に伝わる伝統行事の一つで、猪の子供が子沢山であること、また猪が山の神様のお使いのように考えられたことから、旧暦の10月初め(現在の11月ごろ)の亥の日に、その家の繁盛を願い、またその年の豊作を感謝するために庭をわらで巻いた棒のようなものでたたいて回る行事のことです。亥の子では、「亥の子石」という直径20cm〜35cmぐらい五輪型という円形石の中央部分の横一文字に鉄の輪を付けそれに縄(昔は稲穂のわら縄)を付けて庭先の土の上を上下させ突く風習です。(詳しい情報はこちらhttp://www.viva-takaichi.co.jp/11maturi/b_01.html)
この「猪の子供形の石」は花崗岩でできているそうなのですが、実はこの台地周辺にあるものではありません。よって、地理的に考えると、三河(花崗岩の産地で最も尾張に近い)から運んできたと考えるのが適切ではないでしょうか。
もともと露出していた猪子石は数個の石で組まれていたようです。一般的な古墳は同じ形でつくられます。よって、これは元々この地方に住んだ古代人の首長の古墳であると考えるのが妥当のようです。
先日取材した、筒井タカヤ県議の話によると元々「亀の井」という地名も「甕の井」からきていて、「甕=甕棺墓」 「井=深い穴」つまり、古代のお墓だったということでした。
つまり、ますますこの「猪子石」=古墳発祥説が信憑性を増してきたなぁと思うわけです。
古墳時代からの面影を今に残すこの「猪子石」という名前・・・・・・そう考えるとロマンにあふれませんか?
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★高針の発祥★
★一色の発祥★
★社の発祥(1)★
★猪子石の発祥★
★名東区の起こり★
| 平成19年 5月14日 更新 |
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★高針の発祥★
高針の発祥
一般的に、「針」というのは、墾(はり)又は治(はり)・・・・・・つまりは開拓・開墾からきているとされます。尾張という土地はそもそも、「お墾田(おはりだ)の水」といわれるように、水田開拓と大いに関連があるそうです。(濃尾平野は日本でも最高クラスの平野地帯でしたよね?!だからこそ織田氏が強くなれたとも言われています。すごいですね〜。こういうところと地名は関連してくるんです)
「高針」は、天白区の平針(平らなところに開墾した)に対して、高いところを開墾したから高針と呼ぶようになった・・・・・・と、津田正生先生は仰っています。
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★社の発祥(2)★